ことなかれ

あたりさわりのない日々の記録

想像力リミッター

例えば昔、どこかのサイトで「逆ドーナツ考」というのを見たことがある。

「逆ドーナツ」

と聞いてどんなものをイメージするか。

ドーナツであるべき部分がドーナツでなく

ドーナツでない部分がドーナツでできている逆ドーナツ。

普通の人はまあ、いろいろ悩んだ末にこう、

ドーナツの穴の部分がドーナツ本体になっている、

ちっさいおまんじゅうみたいなものを想像するんじゃないか。

だが違うぞと、正式な「逆ドーナツ」は

ドーナツ状の空間以外すべてがドーナツの本体である状態。

チューブリング状の空間以外の世界はすべてドーナツでできているのだ。

とまあ、こういう話を思い出しまして。

人の想像力にはリミッターがあるなと思った次第です。

後者の方の逆ドーナツをいきなり想像できる人はそういない。

物理的にあり得ないから観念の中になくて。

特に条件として実現可能性は規定されていないのに。

そうやって、人は知らないうちに想像してもいい範囲を規定していて、

その中でやりくりしているものなんだなと。

それってなんだかもったいないような気がしませんか。

範囲を規定しなければもっと自由な世界を手に入れられるのに。

例えば、

前を歩いていた女性がハンカチを落としたので呼び止めたら

それがたまたま中学時代に自分が密かに思いを寄せていたクラスメイトで、

自分も今では大人になったし、そこそこ自信もついたので

えー今なにやってんのーとか話しかけたりして、

案外むこうも憶えてくれてて、ひとしきり思い出話で盛り上がって、

あーなんか久々にみんなで集まりたいねーなんて話になって、

じゃあ、まあ、連絡先交換しよっか。

みたいな!みたいな妄想あるじゃないですか!愚かな!

実際にはあり得ないんですけど!

中学時代の女子との会話なんて悪口聞かされるだけだったんで。

えー、僕の悪口僕に直接言っちゃうんだーでおなじみのやつなんで。全くないんですけど!

でもこれ、せっかくあり得ない設定なのにわざわざ現実意識してると言うか

妄想として中途半端でまどろっこしいですよね。変な自意識も感じるし。

もっとこう、リミッター外していきたい。

前を歩いていた女性が着ている衣服を同時に全部落としたので呼び止めたら石原さとみで。

その時の僕といえば第53次成長期を向かえて身長が2kmを超えていたし、

歩けば足下から自然と石油が湧き出る体質だったのですごいお金持ちで、もうモテてモテて。

むこうが全裸ならこっちも家からずっと全裸だし、ちょうどいいやっつって。

えーじゃあ入籍したあと何するー?という話題でひとしきり盛り上がったあと、

戯れに新世界の神となるのであった。

あと石油で足がすべるすべるー。とか言うのであった。

つって。

まあ、想像の範囲を規定するのは

世界をうまく認識するために必要なことなんだよな。

などとも思ったり。

うん。

あー、なんかもうちょっと意味のあることを書きたかった気がするんだけども。はて。